子どもが見ている世界と大人から見える世界

子どもが見ている世界を想像する大切さ
こんにちは。
キンダーヴィレ代表の板谷です。
キンダーヴィレを立ち上げ、たくさんの子どもたちと関わる中で、そして二児の父として子育てをする中で、
「子どもが見ている世界」と「大人から見える世界」は、思っている以上に違うということを、改めて強く感じるようになりました。
ある日、子どもに向かって僕が
「ねぇ、パパの話、聞いてる?」
と声をかけたことがあります。
すると返ってきたのは、
「え? なんも聞いてなかった」
という一言でした。
その瞬間は正直、
「いやいや、今ずっと話してたよ?」
と思いましたが、少し時間が経ってから、これは“聞いていなかった”のではなく、
そもそも子どもが見ていた世界が、大人のそれとは違っていたんだと気づいたのです。
これまでなんとなく感じていたことを、
一度きちんと言葉にしてみよう。
そう思い、今回この記事を書くことにしました。
今まさに子育て真っ最中の方に、少しでも気持ちが楽になるヒントが届けば嬉しいです。
よければ、最後までお付き合いください。
子どもの視野の範囲

子どもの視野は、大人と比べると驚くほど狭いと言われています。
また、子どもは見ているものの「中心」に注意が行くため、間接視野で全体を見ることがすごく苦手です。
子育てをしていると、
「ねぇ、ちゃんと右と左を見てる?」
「足の下に、まだおもちゃがあるよ!」
と声をかけたくなる場面、よくありますよね。
大人から見れば一目でわかることでも、
子どもからすると、わからないことがたくさんあります。
それもそのはずで、
子どもは“気づいていない”のではなく、本当に“見えていない”ことが多いのです。
大人でも、灯台下暗しという言葉があるように、足元のことには気づかないことも多いですよね。それが子どもであればなおさらです。
このことを知っているだけで、
「なんで気づかないの?!」とイライラする気持ちが、少しだけ和らぐかもしれません。
「そこにあるよ」と優しく教えてあげるだけで十分な場面も、実はたくさんあるのかもしれません。
ランドセルの重さ

最近のランドセルって、本当に重いですよね。
今の子どもたちは、置き勉ができずにたくさんの教科書を毎日持ち歩いています。
それに加えて、iPadや水筒。
気づけばランドセルの中は、ぎっしりです。
僕が子どもの頃は、水筒を持ち歩くこともなく、喉が渇いたら学校の水道の水を飲んでいました。教科書は机の中に入れっぱなし。iPadなんて、もちろん持っていませんでした。
そんな今のランドセルの重さは、
重いときで7キロほどになるとも言われています。
身長110〜120cm、体重も20kg前後の子どもたちが、
毎日それだけの重さを背負って学校に通っていると思うと、正直、胸がぎゅっとなります。
この重さを大人に換算すると、
およそ20kgの荷物を背負っている感覚に近いそうです。
5kgのお米を持つだけでも
「重いなぁ」と感じるのに、
それを4袋分。
そう考えると、
子どもたちって、本当によく頑張っていますよね。
「ちゃんと」のニュアンスは難しい

よく、僕もつい言ってしまいます。
「ちゃんと片付けなさい」
「ちゃんと服を着なさい」
気づけば、何気なく使っている「ちゃんと」という言葉。
でもこの「ちゃんと」、
実は大人同士でも認識がけっこう違います。妻と僕の間ですら結構違うのですから、子どもにとっては、なおさら分かりにくい言葉ですよね。
たとえば、
「ちゃんと片付けなさい」と言うと、
僕たちは「元の場所に戻してほしい」という気持ちで伝えています。
でも子どもにとっては、
「一か所にまとめたんだから、ちゃんと片付けてるじゃん」
という感覚だったりします。
ここには、悪意があるわけでも、ふざけているわけでもなく、ただの認識の違いがあります。
人生経験がまだ少ない子どもたちにとって、「ちゃんとする」というのは、実はとても難しいことです。
僕が以前勤めていた学童施設では、「お片付けの写真」や「お洋服の着方の写真」を用意していました。
それを見るだけで、子どもたちは大人のイメージ通りに片付けたり、身支度をしたりすることができます。
言葉だけでは伝わらなくても、「見て分かる形」にすると、ちゃんとできる。
サッカーの練習でも同様です。
例えば、ルールの説明やあいさつのために一列に並んでほしい場面でも「地面に線を引き、そこに並んでもらう」
それだけで子どもたちはきれいに並ぶことができるのです。
逆にそれがないと、子どもたちはどう並んだらいいかわからずに、とても混乱してしまいます。
「線」という明確にわかるものさしが、子どもたちには必要なのだなぁと気づかされました。
そう考えると、
子どもにとっての「ちゃんと」は、
やっぱり難しい言葉なのかもしれませんね。
子どもは、周囲の音と大事な音の違いがわからない

子どもにとっては、「大事な音」と「そこまで気にしなくてもいい音」をうまく聞き分けることがまだできません。
そのため、子どもたちの耳にはいつもたくさんの音が飛び交っていて、全部の音が聞こえているか、逆にほとんど何も聞こえていないか。そんな状態になってしまうことがあります。
お父さんやお母さんが
「こっちにおいでー」
と声をかけても、なかなか反応がないこと、ありますよね。
でもそれは、わざと無視しているわけではありません。
鳥の声も、風の音も、車の音も、お友だちの声も。
子どもにとっては、そのすべてが同じくらい大切な音なのです。
もちろん、子どもは両親の声が聞こえやすいようにはなっています。
それでも、まわりの音が多い場所では、
「聞こえてはいるけれど、今は別のことに気持ちが向いている」
そんな状態になっていることがほとんどです。
聞いていないのではなく、
聞き分ける力が、まだ育っている途中。
そう思えるだけで、
声のかけ方や待ち方も、少し変わってくるかもしれません。
子どもにとっては、すべてがニューワールド

子どもの集中力って、本当にすごいですよね。
子どもたちは、毎日いろんな景色を見て、いろんな音を聞いて、いろんな情報を全身で吸収しています。
その中には、
「それ、そんなに大事?」
と、大人が思ってしまうようなこともたくさんあります。
たとえば、いつも歩いている道に、小さなごみが落ちていたとき。
子どもがそれを触ろうとして、
「落ちているものを触らない!」
と声をかけたことがある方も多いのではないでしょうか。
でも子どもにとっては、
「いつもの道に、いつもと違うものが落ちている」
それだけで、とても新しくて、気になる出来事なのです。
大人にとっては見慣れた風景でも、
子どもにとっては、毎日が発見の連続。
そう思えると、少しだけ立ち止まって、温かく見守れる瞬間が増えるかもしれません。
失敗=「僕はダメなんだ」

子どもは、失敗をします。
もちろん、大人だって失敗します。
でも子どもは、失敗した出来事そのものよりも、
「自分がダメなんだ」と、自分自身を否定してしまうことがあります。
うまくいかなかったことと、自分の価値をまだうまく切り分けられないのです。
だからこそ、失敗した結果だけを見るのではなく、そこに至るまでの過程を見守ったり、挑戦したこと自体を認めてあげることが大切だと感じています。
失敗は、やっぱり怖いものです。
でも、挑戦した子だけが、失敗をすることができます。
そう考えると、失敗したその瞬間、子どもたちはもう十分に、勇気を出した立派な挑戦者なのかもしれません。
安心・安全=楽しい

子どもが「楽しい」と感じられる環境は、すべて安心・安全という土台の上に成り立っています。
家の中での遊びを思い浮かべてみてください。積み木を積んだり、お絵描きをしたり、お歌を歌ったり。特別なことがなくても、子どもたちは夢中になって遊びます。
それは、そこが安心できて、安全だと感じられる場所だからです。
でも、その土台が少しでも揺らぐと、子どもの「楽しい」は、あっという間に消えてしまいます。
勇気を出して通い始めた習い事でも、先生やコーチが怖かったり、危険を感じるような環境だったりすると、子どもは楽しさを感じられなくなってしまいます。
「せっかく始めたのに、もう行きたくない」
そんな気持ちになってしまうことも、決して珍しくありません。
だからこそ、
僕たちは安心・安全を何よりも大切にしています。
子どもが安心できるから、挑戦できる。
安全だと感じられるから、楽しいが生まれる。
その「楽しい」が、子どもたちの世界を、少しずつ広げていく。僕は、そう信じています。
まとめ
子どもたちが見ている世界を知れば知るほど、
子どもたちは、より一層いとおしい存在に感じられるようになります。
大人から見ると「できていないこと」や「気になること」も、
子どもたちの世界に目を向けてみると、
そこにはその子なりの理由や、大切な意味があることに気づかされます。
私たちは、
そんな子どもたちの世界を壊してしまわないように、
そして、その子らしさがそのまま育っていくように、
ありのままの姿を大切にしながら関わっていくことを心がけています。
子どもの世界を少し知ることで、世田谷砧で、そして全国で子育てをしている方の心の負担を少しでも減らす一助になれれば幸いです。
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